タイトル:七尾里山里海百景

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概要

七尾湾を中心とした豊富な資源から漁師町としても栄え、また能登らしい固有の農業文化も育み守られてきた、七尾市の里山里海の百の景色を紹介する電子ブックです。

お熊甲祭の舞台となる久麻加夫都阿良加志比古神社社である。郷の総社として厚く尊崇されてきた神そんすう明神」とも呼ばれ、中世以降、旧熊木位置し、古くから「熊甲社」「熊甲大流れる熊木川の中流域の山麓、宮前にしまれてきた神社。七尾市中島地区を般的に「おくまかぶと」と呼ばれ、親都奴加阿良斯止神の二柱の神が祀られつぬがあらしとの久麻加夫都阿良加志比古神社は、一祭神は、久麻加夫都阿良加志比古神・くまかぶとあらかしひこの「おくまかぶと」と呼ばれ、厚く信仰されている神社久麻加夫都阿良加志比古神社くまかぶとあらかしひこじんじゃ神社等七尾里山里海百景082されている。形文化財に指定れ、県の指定有平安時代から鎌倉時代にかけての貴重な彫刻類を残す社殿も呼ばれ尊崇さ「熊木薬師」とくまきやくし薬師」の一つで、いう「能登十二『能登名跡志』にのとめいせきしに筆録された6年(1777)江戸時代の安永如来坐像」は、期の「木造薬師いる平安時代後さらに、境内の薬師社に安置されてれた神像として知られている。重要文化財に指定。県下を代表する優古くから「くまかぶと熊甲社」とも呼ばれ、国の「久麻加夫都阿良加志比古坐像」は、あると伝わる。また、平安時代後期のの棟札が所蔵され、県内最古のものでむなふだこの神社には、弘安6年(1283)ている。社殿前の広場の中央にある大杉平安時代後期の「木造薬師如来坐像」を安置する薬師社化財に指定されている。行事」として、国指定重要無形民俗文ぎょうじとも呼ばれ、「れる。通称「お毎年9月20日くまかぶとく熊熊まか甲甲ぶ二と祭は十つ」「か日ま二つ祭り十の日わ枠祭くば旗りた」には盛大に秋祭が行わ指定されている。は、宮前大杉として市の天然記念物にそのほか、境内にある大きな御神木の貴重な作品が遺されている。もとで平安時代から鎌倉時代にかけてこのように同神社には、厚い信仰の参考文献―書籍『新修七尾市史15通史編Ⅱ』(七尾市)「寺社と信仰」P 518『中島町史通年編』(中島町)「中世」P 151-153『書府太郎上巻』(北國新聞社)P 637―ホームページ『石川県神社庁』「久麻加夫都阿良加志比古神社」場所久麻加夫都阿良加志比古神社/七尾市中島町宮前ホ部68-1-1地図へ98