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更新日:2013年9月15日

西岸小学校

西岸小旧校舎西岸小学校は、明治7年(1874)7月に村落小学校設立の許可を得、中島小学校から分離して外(そで)小学校が開設されました。校舎は外村下出勘右衛門宅を借り上げて校舎としました。明治9年には各村の有志者の篤志によって外村ナ部13番地に平屋30坪の校舎を新築しました。校舎が狭くなったため、民家を借りて校舎としていましたが、明治21年(1888)に外村へ部4番地に校舎を移転新築しました。明治22年の市町村制の実施に伴い、横見・田岸・外・小牧・深浦・長浦・瀬嵐・別所の8村を統合して西岸村となりました。明治25年には法改正により「外尋常小学校」と改称され、大正7年(1918)に、高等科併置が認可されて、西岸尋常小学校と改称しました。昭和16年(1941)には西岸国民学校と改称しましたが、昭和22年(1947)に国民学校を解消して、西岸村立西岸小学校を設置し、同時に西岸中学校を併置しました。翌23年に西岸中学校が中島村・熊木村組合立中島中学校に統合されたため、小学校を旧校舎跡地に新校舎を建設しました。昭和37年(1962)西岸小学校別所分校が釶打小学校別所分校となる。但し、4年生までは従来通りで、5~6年生は釶打小学校へ通学することとなりました。昭和49年(1974)には創立100周年を迎え、昭和57年(1982)に隣接するニ部1番地に新校舎を建設しました。平成10年(1998)より深浦地区のスクールバス送迎を開始し、平成16年には中島小学校に統合されて閉校しました。

西岸小新校舎

校舎写真:昭和23年建設校舎(上)・昭和57年建設校舎(下)

長浦分校

西岸小閉校記念式長浦分校は、明治16年(1883)に瀬嵐小学校長浦分校として指定されました。授業は瀬嵐小学校の教員が交代で行っていました。明治18年には中島小学校長浦巡回授業所と改称され、明治25年(1892)に長浦尋常小学校となりました。明治42年に瀬嵐小学校と合併し、長浦分教場となり、加茂社脇に校舎を移しました。大正14年(1925)には西岸尋常高等小学校長浦分教場と改称され、終戦後の昭和22年(1947)には西岸村立西岸小学校長浦分校となりました。昭和27年に鹿島台に移転新築しましたが、昭和57年(1982)に西岸小学校へ統合のため閉校となりました。

学び舎の追憶

  1. 校歌(PDF:240KB)西岸小モニュメント
  2. 沿革(PDF:73KB)
  3. 系統図(PDF:201KB)
  4. 生徒数の変遷(PDF:28KB)
  5. 校舎(空撮等)(PDF:1,788KB)
  6. 参考資料(PDF:3,845KB)
  7. その他(PDF:598KB)

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お問い合わせ

所属課室:教育委員会文化課

石川県七尾市袖ケ江町イ部25番地

電話番号:0767-53-8437

ファクス番号:0767-52-5194

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