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更新日:2016年7月8日

歌碑・句碑

七尾市は和倉温泉や能登島など人をひきつける文化資源のまちです。そのため、短歌・俳句などの題材に事欠かさず、さまざまな歌人や俳人が七尾に訪れ、作品を残しました。

ここでは、七尾市にある歌碑・句碑の一部を紹介します。

年尾・汀子親子句碑

年尾・汀子親子句碑

碑文

年尾:冬は憂しといひし七尾の花に来し

汀子:帰る気になかなかならず山車に従き

場所 小丸山城址公園(七尾市馬出町)

ポイント

小丸山城址公園は、前田利家の出世城といわれる城跡の公園です。公園には高浜虚子の実子、高浜年尾と虚子の孫、稲畑汀子の句碑があります。

年尾の句は昭和24年、高浜虚子の記念句会が行われたときにつくられたものです。

汀子の句は昭和51年、青柏祭の日に来られたときにつくられたものです。

公園下に流れる御祓川沿い(桧物町:しるべ蔵横)に与謝野晶子の歌碑も建てられています。

小丸山城址公園内石碑:前田利家小丸山城址碑、長谷川等伯出生の地碑、花本十三世句碑 など

畠山義忠公歌碑

畠山義忠公歌碑

碑文

二代 畠山義忠公 御歌

野も山も みなうずもるる 雪の中に 志るしばかりの 杉の村立

場所 城山本丸駐車場横(七尾市古屋敷町ほか入会)
ポイント

畠山義忠は、能登畠山家2代目当主です。

能登畠山氏は能登の守護大名で、代々文芸活動に熱心でした。能登畠山氏のもと、京都から多数の文化人が訪れ、京風の畠山文化をつくりました。義忠公も例にもれず文芸活動に熱心で、たびたび歌会を開いたといわれています。

城ブームということもあり七尾城跡を訪れる人が絶えません。城巡りの際には、義忠公の歌碑もご覧ください。

高浜虚子句碑

 高浜虚子句碑

碑文 家持の妻恋舟か春の海
場所 和倉温泉弁天崎公園(七尾市和倉町)
ポイント

和倉温泉は多数の石碑であふれています。この弁天崎公園のほかにも白崎公園、湯っ足りパーク内にもたくさんの石碑が建てられています。この地域に住む人々が文芸活動に熱心であった、そして和倉には文化資源となる題材が多いことが考えられます。

和倉温泉弁天崎公園内石碑:貫名海屋漢詩碑、佐佐木信綱歌碑、能村登四郎句碑 など

野口雨情詩碑

野口雨情詩碑

碑文 朝にゆふへに赤倉山は下に能登湾ひとなかめ
場所 赤蔵山(七尾市三引町)
ポイント

赤蔵山は霊山であり、史跡として指定されている場所です。そこへ野口雨情は昭和9年に訪れました。この石碑は、雨情が赤蔵山からの能登湾の眺望について歌ったものになります。

赤蔵山がある田鶴浜地区は俳句に熱心な地域です。そのため赤蔵山地内には地元の俳句大会に関する石碑が多数あります。

例:能登あかくら田鶴浜大句会(平成20年度) など

能登国の歌

能登国の歌

碑文

万葉集能登国歌より

はしたての 熊木のやらに 新羅斧落し入れわし 懸けて懸けて 勿泣かしそね 浮き出づるやと見むわし

場所 熊木川水辺公園(七尾市中島町上町)
ポイント

大伴家持が能登を巡行したときの歌です。中島地区にはこの場所のほか、机島と熊甲神社内の合計3カ所に大伴家持が歌った能登国に関する石碑があります。

大伴家持歌碑

 大伴家持歌碑

碑文

大伴家持

登夫佐多氐 船木伎流等伊布 能登乃嶋山 今日見者 許太知之氣思物 伊久代神備曽

場所 のとじま臨海公園水族館(七尾市能登島曲町)
ポイント

のとじま水族館内にある大伴家持の歌碑です。家持が能登巡行中に視察した能登島の光景を歌っています。水族館に立ち寄った時はこの歌碑もご覧ください。

お問い合わせ

所属課室:教育委員会文化課

石川県七尾市袖ケ江町イ部25番地

電話番号:0767-53-8437

ファクス番号:0767-52-5194

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